「いつか桜の下に埋めてよ」



×××



なんとなく、満開の桜を窓から眺めていた。
あぁ満開だなぁ、と2人で無意味に笑いながら。
暗い夜空に白の花びらという組み合わせがやけに扇情的に映った。


前フリだとか繋がる話題だとか、特に何もなかったと思う。
いきなり真剣な顔をして、“アレ”。不吉なことを言う。
長年一緒にいても、自分が監察という役目についていようとも、思考回路を理解するのは難しい。というかこの人のは自分の一生を投げ打って理解しようとまでしても無理な気がする。

だって、彼の言う『埋めて』は『死んでから』の意味ではないのだから。



××



「気に入りました?あの桜」
「うん、まぁ。あれだけ豪奢に咲いてるのもなかなか無ぇし」
「死体でも埋まってんじゃないですか?こう、掘り返したら人骨がザクザクと」
「はは、かもしんねぇ」


少し冷えた空気が頬をかすめる。
いつの間にか窓を開けられていたようだ。すぐ近くに聳える大木から花びらが舞い込んだ。

「さっきのだけどさ」
「人骨掘り返しツアー?」
「ツアーは組まねぇけど。ほら、」
「あぁ、はい…」

思い返す、彼の「埋めて」と言った真摯なまなざし。
その瞬間だけはいつもと違う色を帯びていて、あぁそう言えば捕り物の時に見せる目によく似ている、と思った。
真剣そのものの、目。


死にたいのではないと思う。

『埋めてほしい』のだ、と不条理にも感覚で頭がそう理解した。
比喩でもなんでもなくただそうなりたいのだ、と。
そしてそれを他ならぬ「俺」にしてほしいのだ、とも。

自惚れかもしれない。
もしかすると自分の願望なのかもしれない。
(いやまさか。そんなはずはない。絶対。)


「沖田さん、まさか『S星の王子』じゃなくてマゾだった、とか言います?」
「言わねぇよ。どっちかっつーと、究極のサディズムだと思うけどな」

そう言った彼は遠くを見るような眼差しを外へ向けた。目の前にある桜よりももっとずっと遠くを見るような。
ぱらぱらと落ちてくる白い花びらなんかには目もくれず、ただぼぅっと(しかし確かに)何処かを見つめていた。

「きっと山崎は俺を埋めるとき、指先まで体震わすんだ」
「『なんで、』『ゴメンナサイ』って、顔歪めながら、さ」
「俺はその顔を想像するとゾクゾクするぜィ?」

ニヤっと嫌な笑いを貼り付けて見上げてくるそのキレイな顔に、今回ばかりは忌々しさすら感じた。
あぁそうですね、アンタ立派な真正サディストだ!


きっと、彼の言うとおりなのだと思う。
彼の言うとおり、もし自分がいつか『彼』を望まれるままに桜の下に埋める日がやって来たとして。
その時は体を震わせて、泥だらけの自分の指をただただ恐怖の混じった目で見つめるんだろう。
そして彼はそんな俺を楽しげに見上げるのだ。早くしろよ、なんて揶揄さえするかもしれない。

ゾクリ、とした。

「魅惑的な誘いじゃねぇかィ?」
「どっちかってと寒気がしますけどね、アンタのその屈折しまくった性格に」
「そりゃ随分今更な。そもそもこれは一種の『愛情表現』でさァ」

『愛情表現』。果たしてこのカテゴリに『殺人』という項目は存在し得る物だろうか。
双方がそれを望み、「愛情」という感情が間を挟めば立派な『愛情表現』になるとでも?
なんてロマンティックな表現だろうか!是非とも当事者になるのはお断りしたい。

「熨しつけて返品します」
「返品不可」
「何でですか」

殊更「嫌です」という表情を顔面に貼り付けて見遣れば、意外にも彼は割と真剣な顔つきをしていたので思わずその表情を引っ込めた。
今までも何度か、同じように真剣な顔をして実はドッキリでした!な展開もあったが、今回は多分『割と真剣』。直感がそう告げている。
第六感ほどアテにならないものも無いが、まぁ多分、多分。
ゆっくりと、彼のやわらかな唇が形どる。


「だって、お前は『絶対』俺を埋めるだろィ?」


ひら、といくつか花びらが目の前を横切って、彼の黒い隊服へ辿り着く。
その白さが死体の肌を思わせて何となく寒気がした。
(それが『似合う』と思ってしまった自分、にも)

「…それが命令、なら」

喉が渇きを覚えて上手く声を形どれない。
が、彼はそんな掠れた俺の声に満足したのか、更に言葉を重ねた。

「いいや違うね。山崎はそう『望む』んだ」
「だって、『俺』がそう望むから」
「嫌だ嫌だって言いながら、手は止めないんだ」
「『俺』を『埋めたい』と思うから。他ならぬお前が」

そうだろう?と笑われて、もう溜め息しか出てこない。随分と揚げ足を取った屁理屈だ。
自分よりも歳若い彼にはいつだって敵わないのだ。

「…いいですよ、もう。アンタがそう言うのなら、そうなんでしょう」
「そうさ。俺の言うことなら何でも聞きてぇって思うお前が悪い」
「ソウデスネー」

適当に返事をすると、彼は集めた花びらを窓の外へ遊ばせながら、何かを確認するように何度か小さく頷いた。
そしてひとしきり花びらが風に舞うのを見終えると、突然くるりと俺の方へと振り返る。

「俺、埋まるならあの桜んトコがいい」
「…善処します」
「うん」

満足げに窓を閉め、「何か食いに行こうぜィ」と言って強引に俺の腕を引っ張った。


×

本当は、これは彼のちょっとした戯れだったのかもしれない。しかし、本当のことでもあるかもしれなかった。
どちらでもいい。彼の思考はきっと一生かけても理解など出来ないことに変わりはないのだろうから。

それでも、彼が「埋めろ」と言うのなら、自分はそうするのだろうことはリアルに想像がついた。
土と泥にまみれた自分の指が、彼を埋めていくのだ。
きっと自分はみっともないほど体を震わしていることだろう。彼を喪う恐怖と、彼の望みを叶える快感、に。
そして彼は先ほどと変わらぬ顔で満足げに俺を見上げるのだろう。

彼の言う『愛情表現』という言葉に相応しい表情で。


ゾクリ、ゾクリ、と悪寒とも快感ともつかぬ感覚が背中を這い回る。
出来ればそんな日は来ないでほしいと祈りつつ、彼の空腹を満たすために近所の美味しい料理店のリストを頭の中に羅列し始めた。




埋めて。
乙一っぽく(なってないけど…)
沖田の言うことなら何でも聞いてあげたいMな山崎とドSな沖田。