「むくろさま、」
目を閉じて、名を呼ぶ。
そうすれば彼は、微笑を浮かべたその顔を自分に向けてくれるのだ。そして「どうしました?」と。
優しく問いをくれる。例え、自分に用などなくただ呼んだだけだと判っていても。
彼は優しい。こんな自分に目を合わせてくれる。
「むくろさま、」
今はもう無い、空洞があるだけの右目へ眼帯の上から労わるように手を添える。
彼を映し出す愛しい空洞。現実を映し出すだけの『目』への執着心は全く起こらなかった。
『現実』では一度も見たことの無い彼。
彼は自身について多くを語らないが、今現在、身動きの取れるような状況でないことだけは知っている。
それでも尚自分に優しくしてくれる、優しい彼。
自分は彼に依存しているのだ、ということは随分前から理解していた。
あんな優しい目、自分は他に知らない。
目を瞑ればほら、彼はにこやかに微笑んで手招きをする。
「こちらへおいで」
はい骸様。
「おやおや。抱きつくなんて、今日はいつになく甘えますね?」
ええ、そうなんです骸様。貴方がそうやって甘やかすから。
「そうですか、それでは今日はもうこのままお休みなさい」
骸様にそう言っていただけるのなら。おやすみなさい、骸様。
そして幻想の世界で、体温を感じない腕の中私は目を閉じる。それは、とても幸福なことだった。
わたしはとても幸福です。
もしかしたら、貴方は私の体を『容れもの』にしている代償に優しくして下さっているだけかもしれないけれど。
それでも、わたしはとても幸福です。
例え幻想の世界での出来事だとしても、私にとっては『現実』だから。
今は目を開けるのが怖い。
どろどろに溶けた思考で、ただ『現実』の私がもう暫く目を覚まさないことを祈るばかりだった。
優しいひと